Melemedy

こころとからだを調律する Music reiki therapy

安心するということ

 

我が家には犬がいます。
柴犬です。
黒柴です。(自慢)
名前はここです。(私はひらがなで名づけたのですが、読みにくいのでカタカナで表記します。)
東日本大震災の後、千葉で一人になってしまった彼女を母が見つけ、うちにおいでよと誘いました。
 
ココが来る前にも、我が家には柴犬がいました。
三匹。(自慢)
 

 

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左からサンディ・くろ・てん です。
サンディは二人の母親ですが、一番こどもでした。
 
彼女達は子供のころから我が家で育ち、わがまま放題好き放題生きてきたので、なんとも伸び伸びした柴犬でした。
 
時が経って、三匹の柴犬は、それぞれ別の世界に旅立って行きました。
 
あまりにも寂しくなった母がうちにおいでよとオファーしました。 

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それがココです。
ココが来た当初、あまりの力の入りっぷりに足が湾曲していて、ブルドックもミックスされているんじゃないかと思ったくらいです。
何に対してもおどおど。びくびく。毛も短くて丸刈りみたい。
甘えない。わがまま言わない。懐かない。吠える(主に私に)
頑固。頑固に次ぐ頑固。
これが柴犬の性格なのかぁと初めて実感。
 
散歩中に「いくつですか?」と聞かれる度に、「多分8歳です」「被災地から来た子なので…」と説明し、同情を買っていた私。
被災犬を引き取った事を褒められたかったのかもしれません。
なんてやつだ。
しかも引き取ると決めたのは母。私じゃない。
 
しかしあれから何年か経ち、少しずつ仲良くなってきた私達。
最近ではもう年齢を聞かれても「多分」は付けなくなりました。
被災地から」も止めました。
 
被災しても、生き延びた彼女はとても強い子です。
我がまま言わずにいつでも私と一緒に遊んでくれます。
彼女はもう家族です。
家族に説明は不要です。
私が帰ってくると、誰よりも吠えるのは、「何で置いていったんだ!」という抗議なんじゃないかと母が言っていました。
 
それが違っても、正しくても、私にはもうどちらでもいいのです。
 
一人で散歩をするよりも、ココと一緒のほうが楽しいのです。
止まってばかりで運動にならなくても、少しずつ春の匂いが混じる風を感じたり、カモの喧嘩を見たり、メジロの軽やかな鳴き声を聞いたり、
そういう事がココと一緒だと気付けるのです。
何より、ココのしぐさ、声で、前にいた子たちの面影を思い出すことも出来るのです。 
ココがいることで、前の子たちの事もより近くに感じられるのです。
 
私は一緒に遊ぶことしか出来ないけれど、生まれてきてよかったと、そう思える、残りの犬生になったらいいなと思うのです。
 
今ではこんなにはしゃげる様になりました。
安心することで、顔が、毛並みが、瞳の光がこんなにも変わるのだと実感する日々です。照れくさいけど、安心は愛情からもたらされるのだと思うのです。
 

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でもこの写真じゃ瞳の輝きとかわからんな。。。